933 :1/2:2006/10/01(日) 10:56:05 ID:j1VFgL+U0
『累犯障害者』という本。立ち読みした1章だけですごい
レッサーパンダ事件の犯人・山口誠の家庭。
父が知的障害。
でも軽いので、誠が逮捕されるまで公式には気づかれず、60歳くらいになって初めて認定。
当然保険や福祉の手助けは一切なかった。
パチンコ三昧で、子どもにはすさまじい虐待を加えている。
母は子どもが幼いうちに病死。
誠は父よりも重い知的障害で、中卒後は養護学校にいくが、そこでもひどくいじめられ、
その後の就職先でも前歯を全部折られるなどして、その後は放浪しホームレス同然に。
連れ戻されても父が嫌なあまりすぐに脱走。
窃盗などの軽い罪はそれまでにもたくさん起こしていたが、
警察に見つかっても全く逃げない。警察は父よりは好きだから。
なぜ被害者にナイフを向けたのかと聞かれて、
「仲よくなりたかったから」と大マジメに答えている。
常人には理解できないが、どうも本音らしく、そうとしか答えない。
(報道で「自分のものにしたかったと供述」などとあるが、本人はそうは言っていない)
基本的に人とまともに会話できないので、自分に有利なこともほとんど言えない。
934 :2/2:2006/10/01(日) 10:59:10 ID:j1VFgL+U0
そして妹がすさまじい。
妹だけは知的障害ではないらしいが、
母が死んで以降、知的障害の父と兄をかかえて母代わりをつとめ、
経済的に当然高校には行けず、中卒後に働きまくって家庭を支え、無理がたたって癌を発病。
それでも働き続ける。
公的な福祉サービスを家族誰もがそもそも知らないので、役所の手助けが何もない。
誠が逮捕されてはじめてこのへんが明るみに出て、死期の近い妹を民間の福祉の人間が助け、
「最後にせめて楽しい思いをさせたい」と、車イス+点滴など完備でTDLとかいろんなところに行かせてあげたりする。
妹は、この楽しさは被害者の犠牲の上に成り立っているんじゃないかと大いに悩みながらも、
1年くらいまともな生活を送り、死去。
殺人犯をかばっちゃいけないけど、こんな環境でどう生きればいいんだろうな。
※レッサーパンダ帽男殺人事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%80%E5%B8%BD%E7%94%B7%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6
概要
2001年4月30日午前10時35分頃、短大生のAさん(当時19歳)はブラジリアン柔術大会に出場する友人の応援をするために台東リバーサイドスポーツセンターに向かう途中であった。Aさんの後を追うように、毛皮のコートを着てレッサーパンダを模した帽子を被った男(Y)が、同じ道を進んでいた。交差点でAさんがYを確認した際に驚いた顔をしたため、Yは自分が馬鹿にされたと思い込み、Aさんを狭い路地に引き込んで胸や腹、背中などを包丁で刺し、失血により死亡させた。
現場近くで「動物のぬいぐるみを頭に載せた男」「レッサーパンダのような帽子を被った男」が何度も目撃されていたことから、捜査機関はこの男を容疑者とみて捜査を開始。5月10日、東京都代々木でY(当時29歳)が逮捕された。
事件直後から「レッサーパンダのぬいぐるみ帽子を被った成人男性による犯行」という異様さに注目したマスコミ、特に週刊誌は、この事件を大々的に取り上げようとしていたが、Yが養護学校卒で軽中度の知的障害者と判明した後は事件を取り上げることをしなかった。17歳の時に母が病死し、家出や放浪を繰り返し、Yには窃盗など4件の前科があった。
レッサーパンダのぬいぐるみ帽子は函館市で購入したものであるが、警察の取り調べに対してYはこの帽子を「犬の顔(を模したもの)」だと思っていたと答えている。また、「何故その帽子を被って歩いていたのか」という質問に対しては、「大切なもので、毎日抱いて寝ている」と答えた。
裁判ではYに知的障害があったため、検察側と弁護側が責任能力で対立。2004年11月26日、東京地裁は「弁護側が主張するように、被告が広汎性発達障害に当たるとしても、完全な責任能力を有していたことは明らか」としてYに無期懲役を言い渡した。2005年4月1日、Yは控訴を取り下げ、無期懲役が確定した。
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