92 :へたれ語り部 ◆hdUppeK1Rw :2005/08/05(金) 00:48:14 ID:yfRHGUd70
さて、今日はもう一話、私が体験したお話を。
今日、ここで何をお話しようかと、車を運転しながら考えていました。
夜も深まった八時から九時頃でしょうか。
なんとなく橋を見たくなり、近くの小さな道路橋を通って帰宅することにしました。
橋も真ん中に来たころでしょうか。
橋の向こう側にぼんやりとした光が見えます。
見れば、石灯籠に火が入っており、近くに一人のご老体が線香を立てて手を合わせている最中でした。
94 :へたれ語り部 ◆hdUppeK1Rw :2005/08/05(金) 00:52:05 ID:yfRHGUd70
もともと、別ルートのほうが今では主流になり、地元のものしか使わないような道路橋でしたから、
滅多に人も通らず、近くに人家も少ないようなところです。
少し興味をもって、私はご老体にお話を聞きました。
私が通った道路橋というのは古くからある橋だったそうで、
昔は橋を失うというのが非常に大変なことだったので、
台風や大雨で水が増水したときは橋の板を外してしまい、最小限の被害で済むように地元の者が働いたそうです。
95 :へたれ語り部 ◆hdUppeK1Rw :2005/08/05(金) 00:55:51 ID:yfRHGUd70
ある大雨の時、板を外す作業中、若い青年が増水した川に落ちて亡くなってしまったそうで、
珍しくないとはいえ慰霊のために石碑が建てられ、幾たびか慰霊祭も行われたそうです。
しかし、ここ最近はその橋の古い姿を知る人もなく、
地元でも、そのご老体を残してほとんどそれを知る人はいない、とのことです。
「私も、なんだか胸騒ぎがしましてね。今日だったんですよ、命日が」
そう言って古い石碑に指差して、車のライトに浮かんだ日付。
それは確かに八月四日。つまり、私が偶然にも橋が見たいと思ったその日でした。
96 :へたれ語り部 ◆hdUppeK1Rw :2005/08/05(金) 00:59:12 ID:yfRHGUd70
ご老体は「私もきっともう長くはないから」と言って、
その石灯籠はもう管理する人もいないこと、石碑の周りも昔は草を刈っていた、ことなどを話してくださいました。
多分、私に後を継いで欲しいということなのでしょう。
「この橋を護ってくれているはずですから」
そのご老体は呟いて、歩いていきました。
一人残された私は、まず石碑に手を合わせ、あることに気づきました。
その青年の享年が書かれいる。
もし今生きていれば、先ほどのご老体ほどになっているのではないだろうか。
97 :へたれ語り部 ◆hdUppeK1Rw :2005/08/05(金) 01:02:05 ID:yfRHGUd70
ご老体の去った方向を見ましたが、そこにはもう夏の風と漆黒の闇だけが広がっていました。
今となってはもうわかりません。
もしかすると、という想像はそこでやめにしました。
橋を見たい、なんて思うことも不思議でしたが、
そこで偶然にもその由来を聞き、ご老体と石碑に手を合わせる。
きっと来年からは、私一人になりそうですが……。
真実を知るは、その夏の風と夜の闇だけ。
不思議な体験でした。
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