349 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:12:29 ID:/kFs1Ack0
数年前、私は通信制高校に通い死ぬ気で勉強して、何とか国立の大学に受かった時の話です。
大学に行って講義を受けて、一人暮らしのためにバイトをやり、休みの日には飲み会。
普通の日々を過ごしていた時に、ある事件が起こりました。
その日は薄曇りの空で、風が冷たい日でした。
私はバイト先に向かう途中でした。
丁度信号が赤になりました。
横には20代後半くらいの母親と、小学1年生くらいの女の子が泣いていました。
女の子の前にはアイスが落ちていました。
「落としたアイスは食べられないの。また新しいの買ってあげるからもう泣かないで」
「やだやだやだ、今食べたいの!今買って!」
泣き止む気がしない女の子を見て、そういえばこの前、焼肉屋でもらった飴があったような。
信号が青になり、私は女の子の視線に合わせるためにしゃがみこみ、女の子に話しかけました。
「これよかったら食べて。アイスのかわりにはならないと思うけど、お母さんを困らしちゃ駄目だよ」
と、飴を手のひらに乗せいいました。
「あっ、ありがとうございます。ほら咲弥(仮名)なさい。」
ツインテールが似合う女の子は泣き止み、微笑みながら手を伸ばし飴を取ろうとした瞬間、
私の目に写っていた二人の親子がいなくなり、いつの間にか目の前にはトラックだけがありました。
351 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:18:26 ID:/kFs1Ack0
何が起こったのか分からず、ただ放心状態で、意識が飛ぶような感覚がしました。
意識がはっきりしてきた時には、私はパトカーの中にいました。
がっちりとした体格の良い警官が、何が起こったのか説明してくれました。
「酔って運転していたトラックの運転手が、君の横を通ったらしい。横にいた親子は残念な事に亡くなった」
私は初めて死を身近に感じ、手足が自分の物ではないほど震えていました。
「思い出せる事、なんでもいいから話してくれるかな?」
私は女の子がアイスを落として泣いていて、飴を上げるために親子を足止めしてしまったことを言いました。
涙は出てなかったと思います。
ただ、私のせいでまだ幼い命、その幼い命を育てる人の命を奪ってしまった、自分が恐ろしいと感じていました。
「そうか。よく話してくれたね。ありがとう。でも君のせいではないんだよ。悪いのは酔って運転した人だ。
自分を責めては駄目だよ」
そんな同情染みた言葉なんて、その時の私にはどうでもよかった。
ただ早く帰りたい。帰ってこの汚れた体を洗い流したい。
そんなこと思っても、人が死んでいるのでそう簡単に帰してもらえず、帰った時には日が暮れていた。
シャワーを浴びながら、お葬式には行くべきだろうか、などと考えていた。
その日は軽く食パンを食べて、眠りについたと思う。
お葬式当日、どんな顔をしていけばいいのか分からなかった。
行く途中、事件の後の警官の言葉が何度も頭に浮かんだ。
「そのことは遺族には言わない方がいいと思う。話すのは君の自由だが、第二の事件が起こらないためにね」
どういうことなのか、事件があった日にはよく分からなかったが、今はよく分かる。
私があの時考えてた様に、私が引き止めなかったら親子は助かっただろう。
運転手は親子と共に他界している。
愛する家族を失った家族は、何に向かってこのどうしようもない感情を投げつければいいのか。
352 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:24:44 ID:/kFs1Ack0
私は自然と足が重くなっていた。歩みが遅くなっても、進んでいればかならず目的地にたどりついてしまう。
「はぁー。どんな顔でいけばいいんだ…」
この言葉を何回歩きながら口にしただろう。
目的地の周辺をしばらく歩いていた。
事件の日の警官が言っていたと思われる言葉を思い出す。
「君のせいではないんだよ。悪いのは酔って運転した人だ」
そうだ。何を悩んでいるんだ。私は泣いていた女の子に好意で呼び止めたんだ。
トラックが来ると分かっていれば呼び止めたりはしなかった。
悪いのは運転手だ。悪いのは運転手だ。悪いのは運転手だ。
私じゃない。私じゃない。私じゃない。
何度も呪文のように頭で繰り返しながら会場に向かった。
さっさとやるべき事を済ませはやく帰りたい。
もう存在しない親子に向かい手を合わせる。
私のせいじゃないよ。あなたたちの時間を奪ったのは私じゃないよ。
そんなことを思っている自分に嫌気がさした。
353 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:26:25 ID:/kFs1Ack0
何やってるんだろ。こんなこと言いに来たのかな。
さっさと帰ろうと足を上げたとき、呼び止められた。
「君は事件の時、近くにいた人じゃないですか?」
他界した家族の父親が、もう死にそうな顔でこちらを見ながらいった。
「はい。いました」
余分な事などしゃべらないよう、ゆっくりと言葉を返す。
「大変だったろうね。あのときのこと覚えているかな?
もし私の家族たちのことを見ていたら、なんでもいいから教えてくれないかな。なんでもいいんだ。
最後に笑っていたのか、泣いていたのか、どんなことでもいいんだ」
私は死にそうな顔の父親を見て、あのときの事を言おうか迷っていた。
言ったらどうなるんだろうか。恨まれるのだろうか。
私はもう恨まれてもいいと思って言うことにした。
さっき手を合わせた時に馬鹿げた事を考えていたことに、罪悪感みたいなものを感じていたからだ
あのときのことをゆっくり父親に話した。
「そうか。じゃあ笑ってたんだな。良かった。良かった。それだけでも分かって嬉しいよ。
泣いてなければそれでいい。ありがとう。ありがとう」
何度もお礼を私に言っていた。
その言葉は私にどれだけ救いを与えたのだろうか。
しかしそのとき、その救いを感じられなかった。
354 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:28:57 ID:/kFs1Ack0
家族はもう一人いた。私がお葬式の会場に入ったとき、ずっと俯いていた人だ。兄がいたのだ。
私が事件の事を話し終わった時、兄は私をまっすぐ見ていた。
私は顔を合わせられなかった。瞬きもせずただ私だけを見ていた。
その視線が、あの救いの言葉を打ち消していた。
私が帰ろうとした時、兄・健二(仮名)が何か呟いた気がした。
何を言ったかよく聞こえなかった。
「なんで母さんと咲弥が死んで、あいつが生きてるんだ。あいつが代わりに死ねば良かったのに」
そう聞こえた気がした。
私は逃げるように家に帰り、すぐベットに行き眠りについた。
355 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:31:57 ID:/kFs1Ack0
私は何処かわからない場所で走っていた。
ここは何処だろう。なんで走っているんだろう。
でも歩いてはいけない。あいつがきている。
すぐ近くまできている。歩みを止めてはいけない。
はやく逃げなきゃ。遠いとこまで。あいつがいないとこまで。
私は目を覚ました。汗でびっしょりになった体が気持ちが悪かった。
シャワーを浴びならがさっきの夢を思い出す。
夢は現実に見たものの鏡で、今まで感じた事が混ざり合って夢を見る、と何かの本で読んだ気がする。
いままで、何かに恐れて走ったことなんてあるっけな。
今日は彼女に会うから明るい顔でいなきゃな、などと考えながら鏡を見ていた。
彼女と会って数時間が経ち、すっかり昨日のあのことなど忘れた気がした。
ファミレスでお昼をとる。料理が運ばれてくるまでの時間を過ごす。
「今日、朝会った時、死んだような顔してたからびっくりしたよ」
「そうだった?自分では分からなかったな」
「でも今は元気だから、きっと気のせいだったと思うよ」
事件のことは彼女には話していなかった。
学校の事などを話しながら昼食をとる。
彼女と会って元気になるのは自分でも感じいた。
でも何故か嫌な予感がしていた。
356 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:34:10 ID:/kFs1Ack0
「ちょっとトイレいってくんね」
そう言い彼女は席をはずした。
気のせいか。軽く風邪でも引いてるのかなと思って、ガラス越しに見える風景を見ていた。
何故かその風景が怖かった。
なぜだろう。どこが怖いのだろう。いつもと変わらない風景なのに。
ガラスの壁に反射してファミレスの店内が写る。
私は凍りついた。
あの時、あの葬式の時、あの恐ろしい目。
何もかも壊してしまいそうな目。
健二がまっすぐ見ていた。あの時と同じよう瞬きもせず、ただまっすぐに。
その日昼食を食べた後、すぐに車で彼女の家まで行き、そこで日が暮れるまで過ごした。
357 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:36:59 ID:/kFs1Ack0
自宅は、7階建てのマンションの5階にある。
いつも階段で音を立てないようにのぼっている。ゆっくりと昇る。
毎日階段昇る人は試してほしい。結構運動になるから。
この日は疲れていたので、階段でいくかそれともエレベータで行くか少しの間悩んだ。
こういう時こそ自分に甘えては駄目だと思い、階段で行くことに決めた。
音を立てないようにゆっくり昇り、4階についた。
あと一階だと思いながら、5階に繋がる階段に向かった。
あと半分で5階というところで、ふと私の家のドアの前に人影がいるのが見えた。
誰だろう。友達かな?などと思いながら進もうとしたとき、人影が動いた。
月明かりに照らされた人影は健二だった。
358 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:39:02 ID:/kFs1Ack0
何で。何でここにいるのか。どうして分かったのか。
こんなこと考えている場合じゃない。逃げようとしたとき、自分の体の異変に気づいた。
足が思うように動かなかった。人影はそんなこと気にもしないでどんどん近づいてくる。
階段に隠れるようにしゃがみ、4階へと続く壁にひっそりなんとか身を寄せた。
健二は階段ではなくエレベーターで降りようとしていた。
エレベーターが5階へと向かい始める音が聞こえた。
私の心臓が大太鼓のようにドンドンなっている。
その音が健二に聞こえてしまう気がした。
チンッ…
エレベーターが5階につき音が鳴った。
永久に続くかと思われた時間が動き出した。
エレベーターが5階から1階に向かい始めた。
ふと無意識にエレベーターの方を見てしまった。
気のせいか、健二と目が合ったような気がした。
359 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:40:58 ID:/kFs1Ack0
その日も夢を見た。
私が健二を金属バッドで殴っているのだ。
何度も。何度も。
家が何故か知られてしまったので、気軽に出かけることができない。
それでも空腹は待ってはくれなかった。
冷蔵庫は一時間前に見て、何も食べるものがないことは分かっているので他を探す。
インスタントラーメンあったっけな、などと言いながら食器棚を探す。
普段は健康のため自分で料理をするので、インスタントラーメンなどあるはずもなかった。
しかたなく友達に昼飯奢るからと電話し、向かいに来てもらい食事をとった。
その日は家に帰る気がしなかったので、友達の家に泊まることにした。
次の日は大学の講義に出ないといけないので、一回家に帰らなければならなかった。
360 :ある殺人者の話:2007/03/16(金) 20:42:57 ID:/kFs1Ack0
朝早く友達の家を出ることにした。
前の晩のように、また階段から昇ることにする。
もしあの時エレベーターで行っていたら、見つかっていたかもしれない。
見つかっていたらどうなっていたのだろうか。
案外、事件前の様子を聞きにきたのかもしれないな。
そうだ。きっとそうだろう。自分に言い聞かせながら5階へと向かった。
5階の自分の部屋に無事ついた。
自分の部屋を見渡して、何でこんなに神経質になってるんだろうな。
などと考えながら大学に行く準備をして、早めに家を出て講義の時間まで喫茶店にいることにした。
その日は特に何もなかった。
平凡な日々に飽きていても、結局人間は平凡な日々が一番だなと思い、
シャワーを浴びて、その日は早めに眠りについた。
その日も夢を見た。どんな夢かは起きたときには忘れていたと思う。
起きた時はまだ午前4時だった。
「まだ寝れるな…トイレに行ってもう一眠りするかな」
トイレに向かい用を済ませ、ベットに向かおうとしたとき、玄関に何か落ちていた。
何だろう、と玄関に向かった。
黒い封筒が落ちていた。
そのときにはもう、眠気など微塵も感じていなかった。
中を見たら、ワープロで書かれた白い手紙が2枚入っていた。
手紙はもう残っていないので、文字全て合っているか自信はないのだが、たぶんこんな感じだったと思う
「『ある殺人者の話』2/4」に続く
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